不安よりも、「まだできる」という発見が大きかった
73歳になってから、私はAIを本格的に学び始めました。
正直に言えば、最初から自信があったわけではありません。
むしろ、最初に感じたのは不安でした。
「今さら自分にできるのだろうか」
「若い人たちの世界ではないのか」
「パソコンやスマホの操作だけでも迷うのに、AIなど使いこなせるのか」
そんな気持ちが、何度も頭をよぎりました。
しかし、実際にChatGPTを使い、ブログを書き、画像を作り、企画を考えていく中で、少しずつ考え方が変わってきました。
AIは、特別な人だけが使うものではありません。
むしろ、私のように人生経験を重ねてきたシニア世代にこそ、大きな可能性を与えてくれる道具ではないか。
今は、そう感じています。
最初に感じたのは「難しそう」という壁

AIという言葉を聞くと、どうしても難しい印象があります。
専門的な知識が必要なのではないか。
英語ができないと無理なのではないか。
プログラミングが分からないと使えないのではないか。
私も最初はそう思っていました。
特に、ChatGPT、Codex、プロジェクト、GPTs、Gemini、Claude、Copilotなど、似たような名前が次々に出てくると、頭の中が混乱します。
どれが何のためのものなのか。
どこに保存されるのか。
何を押せばよいのか。
こうした小さなつまずきが、意外と大きな壁になります。
若い人なら直感的に進めるところでも、私は一つひとつ確認しながらでないと不安になります。
それでも、実際に触ってみると分かったことがあります。
分からないことを、そのままAIに聞けばよいのです。
「この画面で次にどこを押せばいいですか」
「この文章はブログに使えますか」
「この画像はどこに保存すればいいですか」
こう聞くと、AIはかなり丁寧に答えてくれます。
つまり、AIを学ぶために、最初からAIの知識が必要なわけではありません。
分からないことを聞きながら進めること自体が、AI学習の第一歩なのだと感じました。
AIは「先生」でもあり「相棒」でもある

AIを使い始めて、私が一番強く感じたのは、AIは単なる機械ではないということです。
もちろん、人間ではありません。
気持ちを持っているわけでもありません。
しかし、こちらが考えていることを整理したり、文章にしたり、次の手順を示したりする力は非常に大きいものがあります。
たとえば、ブログを書こうとしても、最初は何から書けばよいか迷います。
頭の中には考えがあります。
しかし、それを文章にするのは簡単ではありません。
「73歳からAIを学び始めた体験を書きたい」
「シニア世代にもAIは使えると伝えたい」
「でも、偉そうには書きたくない」
こうした思いをAIに伝えると、記事の構成を作ってくれます。
見出しを考えてくれます。
文章の流れも整えてくれます。
その意味で、AIは先生のような存在です。
一方で、AIは上から教えるだけではありません。
こちらの考えを聞きながら、何度でも直してくれます。
「もう少しやさしい表現にしてください」
「シニア向けに分かりやすくしてください」
「少し上品な文章にしてください」
そう頼むと、何度でも修正してくれます。
この点では、AIは先生というより、相棒に近い存在です。
自分の頭の中にあるものを、形にするための伴走者です。
年齢は不利ではなく、むしろ強みになる

AIを学び始める前、私は年齢を少し不利に感じていました。
若い人の方が覚えが早い。
新しいアプリにも慣れている。
SNSや動画にも自然に対応できる。
それは確かにあると思います。
しかし、AIを使ってみると、年齢を重ねてきたことが必ずしも不利ではないと感じるようになりました。
なぜなら、AIに何を頼むかは、その人の経験によって大きく変わるからです。
私は長年、社会人教育に関わってきました。
また、自治会活動にも関わってきました。
地域の行事、会計、役員の引き継ぎ、住民との関係など、現場で感じてきたことがあります。
こうした経験は、AIそのものにはありません。
AIは文章を整えることは得意です。
情報を整理することも得意です。
しかし、何を大事にするか、どこに人間関係の難しさがあるか、何を伝えるべきかを判断するには、人間の経験が必要です。
つまり、AIは若い人だけのものではありません。
人生経験がある人ほど、AIに深いテーマを与えることができます。
AIを使って、自分の経験を文章や企画や発信に変えることができます。
73歳からでも遅くない。
むしろ、73歳だからこそ書けることがある。
これは、AIを学び始めてからの大きな発見でした。
一番大切なのは「完璧に理解してから始める」ことではない
私はこれまで、何かを始めるときには、ある程度理解してから進めたいと思うタイプでした。
しかし、AIについては、完璧に理解してから始めようとすると、なかなか前に進めません。
なぜなら、AIの世界は変化がとても速いからです。
新しい機能が出る。
画面が変わる。
別のAIサービスが登場する。
昨日分かったことが、今日には少し変わっていることもあります。
だからこそ、完璧を目指すより、まず使ってみることが大事だと感じています。
分からないまま触ってみる。
失敗したら聞く。
保存の仕方が分からなければ確認する。
文章が気に入らなければ直してもらう。
この繰り返しで、少しずつ慣れていきます。
特にシニア世代にとっては、「間違えたらどうしよう」という不安が大きいかもしれません。
私もそうです。
しかし、AI学習では、間違えることも大切な経験です。
うまくいかないからこそ、次に何を聞けばよいかが分かります。
分からないところが見えるからこそ、学びが進みます。
AIは孤独な学びを支えてくれる
年齢を重ねてから新しいことを学ぶとき、意外と大きいのが孤独感です。
周りに同じことを学んでいる人が少ない。
家族に聞いても、忙しかったり、説明が早すぎたりする。
専門家に聞くほどのことでもないと思ってしまう。
その点、AIはいつでも質問できます。
夜でも、朝でも、少しした疑問でも聞くことができます。
「こんなことを聞いていいのだろうか」と遠慮する必要がありません。
これは、私にとって大きな安心感になりました。
もちろん、AIの答えがすべて正しいわけではありません。
大事なことは確認が必要です。
それでも、最初の相談相手としては非常に心強い存在です。
特に、ブログやSNSのように、自分の考えを形にして発信する作業では、AIがいることで一歩を踏み出しやすくなります。
AIを学ぶことは、自分をもう一度動かすこと
73歳からAIを学び始めて感じたことは、AIそのものの便利さだけではありません。
それ以上に、自分の中にまだ動ける部分があると気づけたことが大きいです。
新しいことを学ぶ。
分からないことを聞く。
文章を書く。
画像を作る。
ブログに投稿する。
SNSへの発信を考える。
これらは、若い頃の仕事とは違います。
しかし、どこかでつながっています。
考える力。
伝える力。
人の役に立ちたいという気持ち。
自分の経験を社会に返したいという思い。
AIは、それらをもう一度動かしてくれる道具なのだと思います。
私は今、AIを使ってブログを書き始めています。
まだ分からないことも多く、作業も一つひとつ確認しながらです。
それでも、以前よりも少し前向きな気持ちがあります。
「まだ学べる」
「まだ発信できる」
「まだ誰かの役に立てるかもしれない」
そう思えること自体が、AIを学び始めて得られた大きな価値です。
まとめ:73歳からでも、AIは学べる
73歳からAIを学び始めて感じたことをまとめると、次のようになります。
AIは最初は難しく見えます。
しかし、分からないことを聞きながら進めれば、少しずつ使えるようになります。
AIは若い人だけのものではありません。
人生経験を重ねてきたシニア世代にこそ、AIを使って発信できるテーマがあります。
そして、AIを学ぶことは、単に新しい道具を覚えることではありません。
自分の経験をもう一度見つめ直し、社会に向けて表現する力を取り戻すことでもあります。
73歳からでも遅くありません。
むしろ、今だからこそ書けることがあります。
私自身、まだ学びの途中です。
だからこそ、このブログでは、うまくいったことだけでなく、迷ったこと、失敗したこと、分からなかったことも含めて書いていきたいと思います。
同じように、年齢を理由に新しいことをためらっている方に、少しでも参考になればうれしく思います。
AIは、人生の後半をもう一度動かすための、静かな力になる。
今の私は、そう感じています。

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