――AIの答えは「真実」ではない。質問に与えた枠組みで見え方が変わる
前回の記事では、人が生成AIに仕事だけでなく、人間関係や悩みまで相談し始めていることを、国内外の調査データから見てきました。
では、AIに人間関係を相談すると、AIは「正しい答え」を返してくれるのでしょうか。
今回は、そこを実際に試してみます。
同じ出来事を、一つのAIに何度も相談します。ただし、質問するときの「見方」だけを変えます。
題材は、こんな架空のケースです。
親しい相手にメッセージを送りました。しかし5日間返信がありません。
「嫌われたのではないか」と気になっています。
この状況をどう考えればよいでしょうか。
人間関係では、よくありそうな場面です。
しかし、分かっている事実は実はそれほど多くありません。
「メッセージを送った」「5日間返信がない」。
ここまでは確認できる事実です。
一方、
「嫌われた」
は、まだ事実ではありません。自分の解釈の一つです。
ここからAIとの実験を始めます。
1.まず、何も指定せずAIに聞いてみる
最初は心理学などを指定せず、普通に質問します。
「親しい相手にメッセージを送りましたが、5日間返信がありません。嫌われたのではないかと気になっています。この状況をどう考えればよいでしょうか。」
AIはおそらく、「忙しいのかもしれない」「返信に迷っている可能性もある」「返信がないことだけで嫌われたとは断定できない」といった複数の可能性を示すでしょう。
これは役に立ちます。
しかし、ここで重要なのは、AIも相手の本当の気持ちを知っているわけではないということです。
そこで、同じ出来事に違う「眼鏡」をかけてみます。
この記事に登場する5つの「視点」
今回の実験では、同じ人間関係の悩みをAIに相談するとき、質問に与える「視点」を変えてみます。ここで使う考え方を簡単に整理しておきます。
| 用語 | この記事での意味 |
|---|---|
| 認知的な視点 | 出来事そのものと、自分の解釈・感情を分けて考える視点。「返信がない」は確認できる事実でも、「嫌われた」は解釈かもしれない、と整理します。 |
| アドラー心理学を参考にする視点 | 相手の心を変えようとするより、「自分が扱えることは何か」に目を向ける視点として使います。この記事では、一般に知られる「課題の分離」などを手がかりにします。 |
| 交流分析(TA) | 人と人とのコミュニケーションのやり取りを考える心理学理論です。この記事では相手をタイプ分けするのではなく、「どんなやり取りになっているか」を考えるために使います。 |
| 愛着理論 | 人が重要な他者との情緒的な結びつきをどのように形成し、関係の中でどう反応するかを考える理論です。この記事では「○○型」と人物を診断するためには使いません。 |
| 行動の視点 | 相手の本心を推測し続けるのではなく、「自分は次に何をするか」という具体的な選択肢に焦点を移す考え方です。 |
注意:この記事は心理学による人物診断や心理療法を行うものではありません。それぞれの理論・考え方を、AIとの対話で一つの出来事を複数の方向から考えるための「視点」として利用します。
2.認知的な視点――「嫌われた」は事実なのか
次はAIに、
「認知的な考え方を参考にして、確認できる事実、私の解釈、感情、ほかに考えられる可能性に分けてください。ただし、相手の心理を断定しないでください。」
と聞きます。
この視点では、「返信がない」という出来事と、「嫌われた」という解釈を分けることが中心になります。
認知行動療法には、偏った考え方をより現実的でバランスの取れたものへ検討していく考え方があります。アメリカ心理学協会
ただし、この記事では治療をするわけではありません。
私たちがAIを使って試すのは、もっと手前にある、
「私は、事実と自分の推測を混ぜていないだろうか」
という点検です。
これだけでも、最初のAI回答とはかなり違ったものになるはずです。
3.アドラー心理学を参考にすると、焦点はどこへ移るか
次はこう聞きます。
「アドラー心理学の考え方を参考に、この状況で自分が考えられることと、自分では決められないことを分けてください。相手の人格や心理は診断しないでください。」
ここでは「なぜ相手は返信しないのか」を当てることより、自分がこれからどうするかへ視点を移します。
アドラー心理学は、個人を社会や人との関係の中で捉え、仕事・社会・愛などの生活課題を重視してきました。現在もAdler Universityには研究・教育拠点が置かれています。Adler University
重要なのは、AIに「相手の課題だから放っておけ」と決めてもらうことではありません。
自分が変えられるものと、相手にしか決められないものを整理する。
その補助としてAIを使います。
4.交流分析の視点――「相手」ではなく「やり取り」を見る
今度は、
「交流分析の考え方を参考に、私のメッセージとその後のコミュニケーションを考えてください。ただし、相手を性格タイプに分類しないでください。」
と聞いてみます。
交流分析では、Parent・Adult・Childという自我状態や、人と人とのコミュニケーションのやり取り(transaction)を重要な概念として扱います。ITAA World
ここで見る対象は、
「あの人はどういう人か」ではなく、「どんなやり取りになっているか」。
同じ5日間の沈黙でも、AIへの指示を変えることで、回答の焦点が「相手の心理」から「コミュニケーションの構造」へ移る可能性があります。
5.愛着理論を参考にする――ただし「○○型」と決めない
ここは特に慎重に扱います。
AIには、
「愛着研究の知見を参考に、返信がない状況で人が不安を感じることについて考えられる視点を示してください。ただし、私や相手の愛着スタイルを診断・分類しないでください。」
と聞きます。
愛着理論は、BowlbyやAinsworthらによって発展してきた、人と重要な他者との情緒的な結びつきを考える理論です。成人の親密な関係についても多くの研究があります。APA心理学辞典
しかし、メッセージに5日間返信しなかったという一つの行動だけから、
「この人は回避型だ」
などとAIに判定させるのは避けます。
ここでAIに考えてもらう対象も、相手の診断ではなく、自分がなぜ不確実な状況に強く反応することがあるのかです。
6.行動の視点――「では、次に何をするか」
最後は理論による人物理解から少し離れ、
「相手の心理を推測せず、今確認できる事実だけを前提として、私が取り得る行動を3つ示してください。それぞれの利点とリスクも整理してください。」
と聞きます。
たとえば、
「何もしないで待つ」
「一定期間後に短い連絡を一度だけする」
「この関係への期待そのものを見直す」
など、複数の選択肢が考えられます。
ここまで来ると、AIの役割は「相手の心を読むこと」からかなり離れています。
自分が判断するための材料を増やすこと。
これこそ、このシリーズで試したいAIの使い方です。
7.同じ出来事なのに、なぜ答えが変わったのか
同じ出来事でも、AIに与える「眼鏡」が変われば……
今回の実験で最も重要なのは、どの理論が一番正しかったかではありません。同じ出来事なのに、なぜ答えが変わったのか
| AIに与える視点 | AIが主に注目するもの | 読者が考える問い | AIにさせないこと |
|---|---|---|---|
| 認知的な視点 | 事実・解釈・感情の区別 | 「嫌われた」は事実か、それとも自分の解釈か | 相手の本心の断定 |
| アドラー心理学を参考にする視点 | 自分で扱えること/相手に委ねること | 自分が今できることは何か | 相手を変えようとする結論 |
| 交流分析を参考にする視点 | 会話・やり取りのあり方 | どんなコミュニケーションになっているか | 相手の人格のタイプ分け |
| 愛着研究を参考にする視点 | 不確実な関係に対する自分の反応 | なぜ返信がないことがこれほど気になるのか | 「○○型」と診断すること |
| 行動の視点 | これから取れる選択肢 | 待つ・連絡する・距離を置くなど何が選べるか | 「これが正解」と決定すること |
同じ出来事でも、AIに与える「眼鏡」が変われば、AIが注目する場所も変わる。しかし、どの眼鏡も相手の本心を映し出すものではない。今回の実験で最も重要なのは、どの理論が一番正しかったかではありません。
同じ、「メッセージを送って5日間返信がない」という出来事でも、
認知的な視点なら「事実と解釈」へ、アドラー心理学なら「自分が扱えること」へ、交流分析なら「コミュニケーション」へ、愛着研究なら「不確実な関係への反応」へ、行動の視点なら「次の選択肢」へと、焦点が動きます。
つまり、AIは透明な鏡ではありません。
どんな問いを与え、どんな枠組みで考えさせるかによって、返ってくる答えも変わります。
ここに生成AIを人間関係で使う際の、大きな可能性と危険性の両方があります。
8.AIに「違う眼鏡」をかける
私は今回の実験を、
「AIに違う眼鏡をかける」
と表現したいと思います。
一つの出来事を一つの見方だけで考えていると、「きっと嫌われた」「相手はこういう人だ」と思い込みやすくなります。
そこでAIに別の眼鏡をかける。
すると、それまで見えていなかった可能性が見えることがあります。
しかし、どの眼鏡をかけても、相手の本心そのものが見えるわけではありません。
最後に眼鏡を外して、
「では、自分はどう考え、どう行動するのか」
を決めるのは人間です。
9.AIに相談するときの「5つのルール」
今回の実験から、OGURA AI Labでは人間関係をAIに相談するとき、次の原則を置きます。
- 事実と解釈を分ける
- 相手の心理を断定させない
- 一つではなく複数の見方を出させる
- 心理学を人物診断の道具にしない
- 最後の判断と行動は自分で決める
これは、AIを使わない人間関係でも役に立つ考え方かもしれません。
そして、AI自身との付き合い方にも関係します。
OpenAIとMIT Media Labによる2025年の研究では、ChatGPTとの感情的な利用は全体として一般的ではなかった一方、利用時間や個人差などによって社会的・感情的な結果が異なる可能性が示されています。長時間利用などと好ましくない結果との関連も報告されており、AIを人間関係の代替物として無制限に使うことには慎重さが必要です。OpenAI
AIは、私の代わりに人間関係を決める存在ではありません。
人間関係について、自分一人では見つけられなかった別の見方を提示してくれる「考える補助具」。
この距離感が大切なのだと思います。
次回へ
今回分かったのは、AIの答えは一つではないということでした。
では、人間関係で強い感情が生まれたときはどうでしょう。
「腹が立ったとき、AIに相談すると何が変わるのか」
次回は、怒りをAIにぶつけるのではなく、出来事・感情・解釈・次の行動を整理する方法を実際に試してみます。

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