「自治会DX」と聞くと、電子回覧板や新しいアプリの導入を思い浮かべる方が多いかもしれません。
しかし、自治会DXの本質は、道具を新しくすることではありません。役員の負担、情報が届かない世帯、担い手不足、防災時の連絡、資料の引継ぎなど、地域が抱える困りごとを見直し、デジタルも使いながら活動を続けやすい形へ変えていくことです。
私は自治会の区長(自治会長)を3年間務めるなかで、自治会の仕事が一部の役員の経験と善意に支えられている現実を見てきました。会議の準備、紙の配布、出欠確認、集計、会計、行事の記録。個々の作業は小さく見えても、積み重なると大きな負担になります。しかも、担当者が替わるたびに、仕事の進め方を一から覚え直すことも少なくありません。
この状態を放置したまま、「若い人が参加してくれない」「役員のなり手がいない」と嘆いても、根本的な解決にはなりません。まず、参加しにくくしている仕組みそのものを見直す必要があります。
自治会DXは、単なるデジタル化ではない
紙の回覧板を電子回覧板に替えることは「デジタル化」です。それによって配布の手間が減り、外出先でも情報を読めるようになれば、業務と住民サービスが改善されます。さらに、役員の役割や情報の流れまで見直し、多世代が参加しやすい自治会へ変えていく。そこまで進んで初めて「DX」と呼ぶ意味が生まれます。
| 段階 | 内容 | 自治会での例 |
|---|---|---|
| デジタル化 | 紙や手作業をデジタルへ置き換える | 紙の名簿を表計算にする |
| 業務改善 | 作業時間やミスを減らす | 出欠回答をフォームで集計する |
| DX | 活動の仕組みや参加の形を変える | 自宅から役員会に参加でき、情報と仕事を分担できる体制にする |
総務省は、地域活動のデジタル化を、自治会等の持続可能な活動を支え、若年層を含む多世代が参加しやすくするための手段として位置づけています。デジタル庁の地域づくりに関する資料でも、自治会・町内会を含むデジタル会議、地域のアイデア共有、高齢者へのデジタル活用支援が示されています。
つまり、国が目指しているのも「スマートフォンを使うこと」そのものではありません。人口減少や担い手不足が進むなかでも、地域のつながりと必要な機能を維持することが目的です。
自治会DXで解決できる五つの課題
1.役員の負担が一部の人へ集中する
案内文の作成、印刷、配布、回答の回収、再入力といった重複作業を見直します。共有ファイルや入力フォームを使えば、転記や集計の時間を減らせます。
2.情報が届くまでに時間がかかる
紙の回覧板には大切な役割がありますが、全世帯を回るまでに日数を要します。緊急情報や行事変更は、LINE公式アカウント、メール、ホームページ等を併用することで、早く伝えられます。
3.活動の記録とノウハウが引き継がれない
資料が個人のパソコンや紙ファイルに分散していると、役員交代のたびに情報が失われます。保存場所、ファイル名、閲覧権限を決め、自治会の共有資産として残す仕組みが必要です。
4.現役世代や若い世代が参加しにくい
平日昼間の会議、紙だけの連絡、長時間の集まりを前提にすると、仕事や子育てをしている人は参加しにくくなります。オンライン参加や事前回答を選べるだけでも、関わり方は広がります。
5.災害時の連絡方法が限られている
災害時には、通常の回覧板では間に合いません。複数の連絡手段、安否確認、要支援者への伝達方法を平常時から整え、訓練しておくことが重要です。
高齢者を置き去りにしない
自治会DXを進めるとき、最も慎重に考えるべきことは、スマートフォンを使わない人、操作に不安のある人への対応です。
ここで「全員が使えるようになるまで何もしない」と考えると、改革は始まりません。一方で、紙を急に廃止すれば、必要な情報を受け取れない人が生まれます。
現実的な方法は、当面、紙とデジタルを併用することです。
- デジタルを希望する世帯には、スマートフォンで情報を届ける
- 紙を希望する世帯には、従来どおり配布する
- 公民館等で小規模なスマホ相談会を開く
- 操作を教える人を地域内で育てる
- 文字の大きさ、画面の分かりやすさ、問い合わせ先を確認する
練馬区の事例では、ホームページを作るだけで終わらず、スマートフォン操作が苦手な住民を対象とした教室を開催しています。デジタル化と学習支援を一体で進めることが、地域では欠かせません。
公民館は、この支援の拠点になり得ます。機器の操作だけでなく、住民同士が教え合い、地域課題を話し合い、小さな実験を行う場所として、公民館の役割を捉え直す必要があります。
最初の一歩は「ツール選び」ではない
自治会DXを始める際、すぐにアプリを比較するのは早すぎます。先に、現状の困りごとを一つ選びます。
たとえば、「行事の出欠集計に時間がかかる」という課題なら、次の順序で進めます。
- 現在、誰が、何を、何時間かけているかを確認する
- どこに重複、待ち時間、転記ミスがあるかを洗い出す
- 無料または低額のフォームを使い、役員だけで試す
- 紙での回答方法も残し、希望者を含む小さな範囲で試行する
- 作業時間、回答率、困った点を記録する
- 効果が確認できたら対象を広げる
流山市が紹介する自治会事例でも、紙とICTを併用しながら、Googleフォームによる申込み・アンケート、Googleドライブによる資料共有、LINE公式アカウントによる情報発信などを段階的に取り入れています。
大切なのは、大きく始めることではなく、小さく試し、結果を確かめてから広げることです。
今月できる「30分の自治会DX点検」
次の五つを役員で話し合ってみてください。
- 役員が最も時間を取られている作業は何か
- 同じ内容を二度以上書いたり、入力したりしていないか
- 担当者しか分からない仕事はないか
- 住民から「情報が遅い」「分かりにくい」と言われることはないか
- 一か月だけ試せる小さな改善は何か
この点検だけでも、自治会DXは始まります。高価な機器も、大がかりな計画書も、最初から必要ではありません。
おわりに
自治会DXは、人を減らすための取組ではありません。役員が事務作業に追われる時間を減らし、住民と話し合い、支え合い、地域の将来を考える時間を取り戻すための取組です。
AIやデジタル技術は目的ではなく、地域課題を解決するための手段です。そして、地域の実情を最もよく知る自治会、公民館、行政が役割を分担し、住民と一緒に進めることが重要です。
次回は、「自治会の仕事を棚卸しする方法」を取り上げます。回覧、会議、行事、会計、防災、名簿管理などの仕事を見える化し、どこから改善すべきかを判断できる実践シートを提示します。
OGURA AI実践研究所
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